城めぐりの旅 甲府

2010.10.25 Monday

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      甲斐の国の国府、甲府に行って来ました。

     武田信虎、信玄、勝頼の居城の躑躅ヶ崎の館は大正時代から武田神社になってます。

    武田神社-1.jpg

     躑躅ヶ崎の館はこの神社の隅にわずかにその面影を残しています。

    躑躅ヶ崎-1.jpg
     
     この館の奥の要害山に詰め城が有りました。

    要害山-1.jpg
     煙の見える奥の山が要害山だそうです。 信虎が今川氏の家臣に攻められたとき、身重の大井夫人はこの要害山城で信玄を出産したそうです。


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     上段左、長禅寺です。ここに信玄の生母、大井夫人の墓があります。 右、東光寺の信玄の嫡男義信の墓です。信玄の今川氏攻略に反対して非業の死を遂げたそうです。

     下段左、円光院の信玄の正室三条夫人の墓です。 右、法泉寺の勝頼の墓です。


    甲府城-1.jpg
     甲府駅の近くにある甲府城です これは稲荷櫓と言います。平成のときの再建です。城は明治時代に出された「廃城令」で多くの城は壊されましたので多くの城が昭和になってから再建され始めました。

     この稲荷櫓は資料館になっています。

    紋-1.jpg
     左、秀吉の頃、この城を支配した浅野長政の家紋「丸に違い鷹の羽」や徳川の時代にこの城を支配した柳沢義保の家紋の「花菱」が目に着くところに大きく下げられていました。

    甲府城-2.jpg
     甲府城の天主台です。 天主閣が有ったかどうかは不明です。 この城は徳川の時代に西に対する守りの城として徳川家が直接支配するようになりました。

     甲府藩の藩主になったときの柳沢義保はその喜びを

     「めぐみある 君につかえし 甲斐ありて 雪のふる道 今ぞ踏みみん」

     という和歌に詠んでいます。
    コメント
    甲斐の国 歴史探訪の旅楽しませて頂きました
    武田家の絶滅は何とも残念ですね
    武将猛々しくて、何とも世渡りが下手でしたが私は好感度上位です
    恵林寺での「快川紹喜」和尚の「心頭滅却すれば火もまた涼し」のお話は
    心に残りますね、弟子に伊達政宗の師で「虎哉宗乙」と坊さんが居たというのも面白いですね
    とっとこ様 歴史にもお詳しいですね。 色々教えていただいてありがとうございます。 恵林寺にあるのは必ずしも信玄の墓であるとは限らないということで行きませんでした。城を見ながら往時のことを思うと色々な灌漑が湧きます。
    • by minor
    • 2010/10/26 8:36 PM
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