天草四郎を訪ねて、天草、島原への旅

2009.05.17 Sunday

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      「島原の乱」とはどんなものであったのかを見てみようという歴史お宅の旅に行ってきました。

     熊本空港から一路、天草に向かいます。

     天草に架かる五つの橋のうちの最初の橋です

     天草第1の橋

     天草では「三角西港」、「天草四郎メモリアルホール」、「崎津教会」等を見学しました。



    2日目は鬼池から口之津までカーフェリーに乗って島原半島に行き、一揆軍だ立てこもった原城址を見学しました。
     一揆軍約37000人全員が殲滅された、この城址に慰霊の塔が建っていました。

    原城址


     

     二日目に泊まったのは雲仙地獄の傍らにあるホテルです。

    雲仙地獄


     最終日は、この「雲仙地獄」を見学したあと仁田峠に行きました。

     ミヤマキリシマが満開でした。

     ミヤマキリシマ


     ロープウェイで妙見岳に登ると雲仙普賢岳が良く見えました。

     この後、島原城の見学です。幕府軍側のこの城、広くて難攻不落で有ったのが良く分かりました。

     昭和に入って再建された島原城の天守閣です。

    島原城


     この地域では往時、多数の少女が「唐ゆきさん」として海外に送り出されました。

     「島原地方の子守唄」にはそのことが歌われてます。

     「鬼池」とは土地の名前、「久助どん」とは唐ゆきさんを手配した男の名前です。

     そのことを知ってから聞くこの歌はとても悲しい歌に聞こえます。

         島原地方の子守唄


     歌っているのは子守をしている少女ちう設定です。

     

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