歴史の旅、壱岐、対馬

2010.06.20 Sunday

0
      壱岐、対馬を旅してきました。

     福岡空港で 「ようきんしゃった」という歓迎の横断幕を見て博多港からジェットホイル(高速船)に乗り約1時間で壱岐に着きました。

     壱岐、対馬というと2度にわたる元寇で多くの人が惨殺された所ですが、土地の人の説によると「むごい」という言葉の語源は「蒙古」から来ていると言われてます。
    原の辻遺跡-1.jpgもう一つ有名なのが「魏志和人伝」で「一支の国」と紹介されて、都が「原の辻」という所に特定されているということです。
     上段は復元された「原の辻」の遺跡です。 地上の部分はデータが無いので想像で作られてます。
     下段は7世紀ごろの烽火をあげる煙台です。左が昼間に煙をあげたもの、右が火をあげてものです。

     いくつかの島を中継して大宰府まで届いたそうです。

    猿岩-1.jpg
     壱岐の他の見ものは左の猿岩です。まつ毛まであって自然のままの岩ですがとても猿によく似ています。
     右は対馬海峡を通る船に対して準備した砲台跡です。ロシアとの日本海海戦を教訓にして作られたそうですが、出来たころには戦争の武力の主体が船から航空機に変わってしまい、1度も使われなかったそうです。

     翌日壱岐からジェットホイルに乗って対馬にわたりました。

    わたつみ神社-1.jpg
     この写真が海彦、山彦の伝説の和多都美神社です。 海の中に鳥居がありとても情緒豊かです。
     下段右の木で出来た鳥居は上から見ると三角形になっているとても珍しい鳥居だそうです。

     対馬の大名の宗氏で有名なのは国書偽造事件です。秀吉の朝鮮侵攻の時、先鋒
    を務めた宗氏が家康の時代になると朝鮮との国交回復を命じられ、朝鮮から国交回復の願い文を(奉書)を家康が書くことを求められ、家康が書くはずがないので宗氏がかってに書いてしまったそうです。

    万松院-1.jpg
     この写真が宗家菩提寺万松院です。 右下が江戸時代の初代当主、宗義智の墓です。

     奉書を偽造し朝鮮通信使が持ってきた返書(奉復)も偽造したものとすり替えてめでたく朝鮮との貿易が再開したそうです。

     その後、国書の偽造を内部告発した家老がいて柳川の一件として知られています。

     明治になり廃藩置県で壱岐は平戸の松浦氏が治めていたので長崎県になりました。対馬は当初、厳原という対馬の都の名前をとって厳原県になりましたが、すぐ後で伊万里県になり伊万里県が佐賀県になる時に対馬も長崎県になったそうです。

     博多の北に位置して博多に一番近いのに両島とも長崎県です。

     韓国にわずか49.5キロしか離れていない対馬、それにその隣の壱岐、今も歴史に翻弄されている面が有るようです。